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名波 浩の引退会見より

11月 14 日, 2008 年, 5:45 pm

「名波引退会見、幸せな14年だった」

日本を代表したレフティ・名波浩(35)が、磐田市内で引退会見を行った。昨年、J2の東京ヴェルディ1969でほぼ引退を決意したが、今季、前監督の内山 篤氏のオファーを受けて「最後に磐田でユニホームを脱ぐ」と翻意。出場機会とは別に、チームに貢献してジュビロで引退と今季スタートから決めていた。スーツ姿の名波は「本当に充実した14年だった」と振り返ったが、涙ぐむこともなく、彼のプレーそのままに爽快な引退会見となった。

 

名波 浩の引退会見より

※18日発売の週刊サッカーマガジン巻頭で、名波引退特集、独占インタビュー掲載!


 

「左足の名波、有言実行できた」

名波 忙しい中、引退会見に集まって頂き有難うございます。引退に関しては今シーズンの初めから決意しながらプレーをしていたので急にどうこうということではないのですが、11月に入って社長、フロント、現場の幹部の方々と話していただいた。今後はまだまだ明確なことは言えなくて申し訳ありません。

──今の思いは
名波 気持ちはやりきったという思いが強い。何不満なく、充実した14年間だと、振り返ると感じています。記者会見を開いていただいて本当に幸せな気分です。14年前の入団と、引退会見と両方を開けるのはごくわずかの選手だと思うので本当に有難い。多分、入団会見よりも人数が多いのでそれもうれしい(笑)。

──決断する決め手は? また周囲にはどう伝えたか
名波 ひざの具合はプロサッカー選手として一年間を通して戦える体とは遠いのではないか、と判断し、また自分のイメージするパスというのが、細かく言えばボール1個、2個分が違うということを感じていた。身近な人には感謝の気持ちを伝えたし、タイトル、日本代表など名誉や財産にもなりましたし、同じピッチに立ち、指導をしてくれた方々に出会えて本当によかった。それが14年の一番の思い出で、みんなにいい思いをさせてもらったと思っている。

──中山雅史選手とはどう話をしたのか。またこの時期の発表になったのは?
名波 中山さんに限らず、ほぼ全ての人がまだ早いんじゃないか、と言ってくれた。それはうれしかった。(中山さんは)自分の体がボロボロの状況を詳しく知っているだけにそれ以上の慰留はなかったけれど、同じピッチに立っている時間が長かったので、感謝の気持ちも言ってもらい、僕自身も本当に感謝している。引退のタイミングはいろいろあったが、先に森島(寛晃、C大阪=同じ年齢)に行くぞ、と言われて行かれてしまったので。きょうならみなさんも、代表の試合で神戸帰りで来やすいし、しかも新聞の記事でも(代表の話題と)かぶらないという腹黒い計算がありまして(笑)。きょうの会見になりました。

──最後に磐田に戻れたことは
名波 内山前監督が強い口調で、とにかくお前はここで辞めなくてはだめだ、と言ってくれたことで、恩返しをしたいと思った。フロント、幹部に受け入れていただく体制を作っていただいたので、ユニホームに袖を通す覚悟を決めました。

──一番うれしかったのは
名波 俗にいう黄金期というのを築けたのが、一番いい思い出かなと思います。シュートとかゴールとか一時的なものではなくて、強くなるプロセスに自分が少しでも携われてそれが本当によかったと思う。

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