コラム 「豪雨決行」ー豪雨で名波と中田が見せたもの
「12日の雨中止の試合は、15日理事会で結論」
15日、Jリーグの理事会で、12日に鹿島で行われ豪雨のために「ノーゲーム」となった鹿島対川崎戦(後半29分、3-1で川崎リード)の取り扱いが決定する。理事会には、鹿島と川崎の両社長が出席することもあり、議論は一筋縄ではいかないはずだ。規約では「原則再試合」としながら、その運用は統一されていない。過去試合後打ち切られた6試合中、唯一、1-0で勝利していた試合が転じてしまった湘南からも(再試合で鳥栖に0-1と敗戦)、もし今回の裁定で試合が成立、もしくは3-1から残り時間でやり直すなどなれば、不平等だとして不満の声があがるに違いない。
野球やテニスの雨天中止に慣れた友人に「なぜあんな雨の中やるの?」と聞かれたが、「サッカーだから」としか答えようがなくて、怪訝な顔をされた。ちなみに、陸上競技も雷では中断するが、投擲種目、フィールド種目でスリップが心配されるものをのぞけば、雨天決行である。クロスカントリーさえ、泥んこに足を取られて、全身真っ黒になっても走り続けなくてはならない。要するに、この屋外競技の親玉のような2競技にとって、「雨」は何も特別ではなく、競技の「一部」だとの解釈だろう。それを改めて教えてくれたのは、10年前に見た印象深い試合である。
「レナトクーリ・スタジアム」で、私はパソコンをレインコートのお腹の辺りにしまい込んで、背後から流れてくる雨を何とか凌ごうとしていた。サイレンが鳴り響く中、場内アナウンスでは「駐車場の車が流されています!」と呼びかけている。試合前からの豪雨に、土地柄の粘土質も混じって田んぼと化したピッチで、しかしそこに立った2人の日本人は、劣悪なピッチとはまるで無関係に、力強く、繊細なプレーを続けていた。
長いサッカー取材の中でも、最悪の雨中観戦は、間違いなくあの99年10月のゲームだろう。当時ぺルージャに在籍した中田英寿と、99年ヴェネチアに移籍した名波浩、日本が誇るMF2人の対戦は、「セリエA日本人初対決」などとこじんまりした括りではなく、サッカーという競技の根本を教えてくれた、忘れられない試合である。
中田はまるで四駆の如く変わらぬフィジカルを、左利きの名波は水溜りを操るようなボールコントロールを見せた。何より印象に残るのは、田んぼの中でも、ボールを、サッカーを、少しも雑に扱わなかった2人の信念とサッカーへの深い愛情である。
「雨はいつも以上に五感を研ぎ澄まさなければいけない。選手にとって重要な試験日」と、名波は言った。コンディションが悪ければ悪いほど、フットボーラーとしての「素」が露(あらわ)になるのだからと。
鹿島対川崎戦の中止は、勝敗、Jの優勝までを左右したこと以上に、突如始まる「重要な試験」に全力で挑もうとした選手それぞれが拍子抜けするものだったはずだ。審判団は危険を配慮したというが、あの雨で怪我をするなら国際大会など戦えないし、W杯4強を叶えるのは、岡田監督や何十人かの日本代表だけだろうか。優勝の行方をかけた一戦であることと同時に、選手には自らの「素」の力を徹底的に試すチャンスであり、ファンには、選手が最悪の状態でどこまでできるか底力を観るチャンスでもあった。再試合でも、試合成立でも、あの集中豪雨の中だからこそ観られるはずだった「何か」は、観られず終ってしまったことが実にもったいない。
そういえば、こんな話もあった。あの時ペルージャで、試合中のアナウンスにもかかわらず誰も車に戻らなかったと聞いた。「たとえ雨で車が流れたって、試合を最後まで見るに決まってるじゃないか」と、知人に真顔で言われ、ずぶ濡れで笑ったことも忘れられない。
(14日付け 東京中日スポーツ、セブンデイズコラムより修正加筆)





