コラム 二百㍍、高平慎士の新しいチャレンジ
「脚ではなくて‘手’で迫る」
短距離チームの若い選手たちが放っている瑞々しい空気が、富士吉田の少しだけ涼しい風によく合うように思った。
24日、富士北麓公園で行われたベルリン世界陸上短距離代表の公開練習は、初代表や大学生、短距離で目覚ましい進歩を続ける女子短距離陣の溌剌とした雰囲気が印象的だ。男子は、昨年の北京五輪で銅メダルを獲得したメンバーが変わり、ユニバーシアード出場した江里口匡史、木村慎太郎の早大コンビに、斉藤仁志(筑波大)と大学生が憧れの「日本代表」に緊張感を持って臨み、長く日本短距離を牽引して引退した、朝原宣治氏はコーチとして、走りながら用具を準備し片付ける。
これまでとはまた一味違った雰囲気が漂う中、落着いて自らの練習に集中し、時に若手を見ながら楽しそうに笑う男がいる。北京でも3走としてメダルに大きく貢献した二百㍍の高平慎士(富士通)である。
朝原、休養している末続慎吾(ミズノ)が不在の短距離では「最年長」となった。4大会連続での世界選手権を前に、見た目にはマイナーチェンジだが「大改革」に取り組んでいる、と、こちらも溌剌と楽しそうに話をした。
今夏、ローザンヌ欧州のサーキットに参戦し、五輪と世界陸上だけの成績に集中するのではなく、グランプリや様々な国際レースがあって、その延長戦に存在するのだと強く意識できたという。
目前で、19秒5を向い風でたたき出したウサイン・ボルトを見て、「同じトラックで走っている選手、という気がしない異次元。自分が陸上をやっている意味さえ考えてしまいますよ」と笑ったが、言葉とは裏腹に高いモチベーションに溢れている。
欧州を転戦する中、二百㍍ではボルト、ゲイ(米国)といった先端を走る選手たちの手元に発見した。
二百のスタートに着く際、高平は少しでカーブに入り易いようにスタートラインに対して左手を1センチ半くらい下げて、右手はラインに真っ直ぐ置いた。この「斜めライン」が、カーブでのスタートにもっとも論理的だと考えてのことだ。
しかし、ボルトやゲイの手元に注意すると、百㍍と全く同じに真っ直ぐおいている。
「速く走るために、最速と言われている男達が真っ直ぐ手を置くなら、それもやってみよう。二百だからと、と違ったスタートにするのではなく、もっともスピードに乗る百㍍と同じ感覚でやってみよう」
帰国以来、左手を1センチ半前に出し、百と同じスタートを取り入れている。24日も、全員が引き上げた後、朝原コーチと2人で話しながら、スタート練習を行っていた。コーナーでの走り方も、あえて外側に出るようなイメージでスピードに乗る。世界陸上まで十分な時間はないように思えるが、「やりますよ」と意欲を見せる。
リレーの結果が注目されるが、個人の総力の集合がリレーであり、個人レースの成果が今後の大きな課題でもある。末続がパリ世界陸上の二百㍍で銅メダルを獲得してから6年が経った。
「頂上を目指すにも色んなルートがあると思う。色々な道を歩いてみたいと思っています」
代表最年長といっても、まだ25歳。二百㍍での、日本人の新しい可能性を試す時間は十分過ぎるほどあると思うと楽しみだ。
(文=増島みどり)





