「義足のジャンパー、大学ハンドボール部監督に就任」-走り高跳び鈴木徹
すでに3大会連続でパラリンピック出場を果たし、北京では(5位)旗手を務めた走り高跳びの鈴木徹(28)が、駿河台大学(埼玉県飯能市)に新設されるハンドボール部の監督に就任し、4月30日、委任式が同大学で行われた。
鈴木は、甲府の駿台高次代にハンドボール選手として将来を嘱望される選手で、国体で3位になるなど、筑波大への進学が決まっていた。その矢先に、自ら起した事故によって左足を切断。ハンドボールを断念したが、義足で大学に進学してから、走り高跳びでめきめき頭角を現し、2㍍ジャンパーとなった。ハンドボール部はまだ部員がいないため、鈴木が勧誘の先頭に立ち、来年4月に10人をめどに新部員でスタートを切る予定。登録は7部からで、半年ごとに、春と秋のリーグが行われ、そのたびに昇格のチャンスがあるため、最短で、鈴木がロンドンパラリンピックを目指すのと同時進行で、クラブも2部、1部にあがっていくことになる。
ハンドボールの指導経験はないが、鈴木は「一緒にクラブを作ろうよ、という気持ちで誘いたいと思います。堅苦しいので、監督ではなくて、徹さんと呼んでもらいたい」と照れて、「ハンドボールでの日の丸をつけるという夢を忘れたことは一度もなかった。自分が競技者として海外で戦う中で得たものも、選手に、そして強くなって、日本のハンドボール界にも役に立てるようにしたい」と、爽やかな笑顔を見せた。
(文=増島みどり)
コラム 「ヒラリ、と軽やかに跳んだものは・・・」
新学期となる4月の取材は、いつもの月以上に高揚感や活気を与えてくれる。イチローの安打新記録、フィギュアの浅田真央のトリプルアクセルへの挑戦と、勢いに満ち溢れていた。中でも、二人のアスリートのリ・スタートが特に印象に残る。二人には共通した点が多い。
ともに二十代、実に礼儀正しく魅力的だ。しかも世界で、日本のアスリートたちがなかなか獲得できない「NO1」に立った経験を持つ。一人は子どもの頃から車椅子を使い、もう一人は交通事故で右足を切断した。
07年、テニスのグランドスラム(全豪、全仏、全英、全米)を車椅子テニスで初めて制した国枝慎吾(25)が、4月、日本初のプロ選手に転向した。車椅子テニスのプロツアーは、年間の賞金総額が1億円程になる。大学職員として安定した生活をしていれば、プロにならずとも勝ち続けることはできただろう。
しかし国枝は、競技場に来た子どもたちが、イチローや浅田真央を見て、「将来、ああいう選手になりたい」と夢見るのと同じように、「将来、僕の試合を見た子どもたちが、ああなりたいと思ってくれれば」と、プロという厳しくも注目される大舞台を選んだという。「何事も、全力でやらなければ答えは出ないと思います」4月の、一番好きな言葉だ。
ハンドボール選手として国体で活躍し、大学への推薦入学も決めていた鈴木徹(28)は交通事故で右足を切断し、義足で走り高跳びを始めた。06年には義足で2㍍を跳び、一般と同じ競技会にも堂々出場をするプロ選手である。4月から駿河台大学に創部されるハンドボール部の監督に就任する、と連絡をくれた。二足の草鞋といっても、陸上選手がハンドの監督なんて前例がない。
「選手と指導者を、しかも違う競技でできる。前例がないから余計に楽しみです」
二人は「パラリンピック」とは違う道を踏み出した。高くて厚い「垣根」を、ヒラリと軽やかに飛び越えた所から始まる道を。(4月27日、東京中日スポーツ セブンデイズより)





