「119連勝が止まった場所からロンドンへ」-女子レスリングの吉田 コラム
コラム 「因縁の地、じゃなくて思い出の場所」
昨年1月のワールドカップ(国別対抗戦)、6年も続けてきた119連勝が止まってから1年と2ヶ月、吉田は花粉症のため鼻水をすすりながらトレーニングセンターのマットの上に座った。2月までは休養で旅行などを楽しんだが、それでも体重は2キロオーバーに抑え、3月に入ってからは「気持ちは試合モードに切り替わった」と、ロンドンを目指す厳しい3年の道を駆け出した。
栄和人強化委員長は、「金メダリストであっても、わがままは認めないし、今後選考方式を変えていきたい」と、なかなかモチベーションの上がりにくいベテラン、メダリストたちに特別扱い返上を宣言した。
この日、偶然にも女子柔道の70キロ級で、吉田と同じくアテネ、北京で金メダルを獲得した上野雅恵(30=三井住友海上)が、指導者を目指したいと引退会見に臨んだ。金メダリストの「その後」が定まりつつある今、北京前と変わらぬ勢いで「ロンドン金メダル」と口にしながら、吉田は休むどころか、加速しているから凄まじい。「若い選手と組んで、面倒をみたいし、どこまで伸びるのか見たい。金メダリストは特別じゃない」と、言葉に力を込めた。
伊調姉妹も浜口もいない。ワールドカップに行かずとも実績に傷がつくことはない。それでも行くのは、昨年、6年も続けていた119連勝が止まった同じ場所だから。1月19日、米国選手に最大の武器のはずだった「高速タックル」を返されて敗戦。泣きじゃくったせいで、いっさいの記憶がないという。
あの敗戦を境にして、タックルを徹底的にやり直し、かぶとの緒はギューっと締め続けて臨んだ五輪で連覇を果たした。
因縁の地では?と聞かれると、「いいえ、もう、思い出の場所、というくらいですね」と笑って、報道陣も笑わせた。負けたことはまるで全部を否定されたようで泣き続けてから、1年と2ヶ月しか経過していない。
「泣いて下ばっかり見ていたので、どんな場所だったかも覚えていないんです。だから今回は、ちゃんと見てきます。天井を見上げてきます」
ロンドンを目指し、レスリングを指導した父・英勝さんが全日本のコーチにも就任し、練習を行う中京女子大の近くで一人暮らしをしながら娘をサポートすることになった。
「うれしいような、うれしくないような」吉田は笑う。
「18年もお世話になったので、ここから3年、親子でみっちりやっていきたいし、父を喜ばせたい。ちょっとだけ憧れていた、浜口親子みたいに。でも、うちのお父さんは、ああいう(パフォーマンス)のが全然できないタイプなんですよ」
涙で後にした体育館に、より強くなり、2つめの金メダルを手にして、今度は父とのロンドンを目指して戻る。「思い出の場所」で天井を見上げて、吉田は何を見つけてくるだろう。
(文=増島みどり)





